小吹 伸一 パーソナルログ

小吹伸一と申します。 ここでは、主に個人としての思惟や行動を基準に書いてゆきます。 どなたかの、何かの役に立てばさいわいです。

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12/03のツイートまとめ

kobukishinichi

裏切られても、やり直せる。信じなければ、何も始まらない。
12-03 11:08

@sakura_tokyo  Twitter、使い方むずかしいですよねえ。いまだによくわかんないもの。よろしくお願いしますー。
12-03 13:21

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  1. 2010/12/04(土) 07:41:46|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:5
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コメント

裏切られても…

私は裏切らない。
今までも。これからも。

☆春空 -ハルソラ-
http://www.youtube.com/watch?v=pgaEOseXo8M&sns=em
  1. 2010/12/05(日) 15:42:06 |
  2. URL |
  3. セシリア #-
  4. [ 編集 ]

セシリアさんへ

中健次郎「病気が治る『気功入門』」マキノ出版より引用します。
【・・・インド政府の協力で、ヒンズー教の廃寺院を譲り受けたマザー・テレサは、貧困に苦しんでいる人々を救う
 だけでなく、「死を待つ人の家」というホスピス施設を開設しました。私も2回ほどマザーのところへ行き、
 死を待つ人の家で鍼灸治療のボランティアをさせていただいたことがあります。
 最初は「どんなところかなぁ」と、多少興味本意の気持ちがあったことは否めませんが、その施設は、
 文字どおり死を待つ人の家でした。全身を震わせながら今にも死にそうな人、ガリガリにやせ衰えた人、
 腹水がたまっておなかがパンパンに腫れている人、口から液体が流れ続けている人、そんな人たちがたくさん
 いたのです。鍼灸師の資格こそ持っていたものの、私の治療が役に立つとは思えない状態でした。
 しかし、シスターたちから「ハートが伝わりますよ」といわれ、私も一生懸命に治療をしました。すると、
 患者さんがニッコリと笑ってくれたり、英語の話せる人からは、感謝の言葉をいただいたりしました。
 まさに、治療を「した」というより、治療を「させていただいた」のであり、私自身が癒されました。
 この、死を待つ人の家以外にも、マザー・テレサによって作られたいくつかの施設があり、私は、プレマダンと
 いう別の施設にも行くことになりました。早速、治療を行おうとしたところ、シスターたちが「まず掃除を
 手伝ってほしい」というのです。この施設も重症の患者ばかりで、しかも失禁する人が多いので、床は大小の
 便まみれで、とにかく汚い状態でした。そのとき、私は新しい靴をはいていたのですが、その靴があっという間
 にグチョグチョに汚れてしまったのです。恥ずかしい話ですが、そのときは「来るんじゃなかった」と後悔して
 しまったほどでした。ところが、シスターたちは、裸足(はだし)で汚物まみれになりながら働いていたのです。
 それもニコニコと、とても幸せそうな笑顔を浮かべながら。その様子を見たとき、自分が本当に恥ずかしく
 なってしまいました。私もシスターたちと同じようにしようと決心し、プライドなどは捨てて働くことにした
 のです。私の場合は一時的なボランティアですが、シスターたちは、そこで一生を過ごすわけです。結婚もせず、
 自分の持ち物もほんのわずか。しかし、毎日喜びにあふれて、神と人々に仕えていました。2回目のときは、
 妻も連れていきました。最初、妻は、何か病気が伝染するのではないかと怖く思ったようです。けっきょく、
 孤児院に行くことにしたのですが、ボランティアを終えて帰ってきたとき、妻の表情は、感動で輝いていました。
 子どもたちがなついてくれたこと、帰り際に障害のある子どもが駆け寄ってほおにキスをしてくれたことが、
 ほんとうにうれしかったようです。子どもたちは愛を必要としています。マザー・テレサもシスターたちも、
 まさに愛を込めてすべての子どもに、そしてすべての人に接していました。マザー・テレサには、毎朝行われる
 早朝のミサでお会いできました。私たちがチャリティー気功合宿をして得た収益金を寄付したところ、ものすごく
 喜んでくださり、そのころ、結婚して間もない私たちの頭に手を置いて、多くの言葉で祝福してくれました。
 言葉は、人を祝福するためにあるのですね。・・・】

小吹さん、セシリアさん、ご結婚おめでとうございます。
  1. 2010/12/05(日) 23:25:29 |
  2. URL |
  3. 光 #-
  4. [ 編集 ]

ありがとうございます。

>光さん。心に響きました。
ありがとうございます。

ここのところ、私たち夫婦や大切な友人たちへの事実無根の心ない言葉をあびてしまい、からだじゅうに重たい岩がのっかってるような感じの時が多かったです。
けれど、きれいな言葉、思いやりのある優しい言葉、応援の言葉、祝福の言葉を聴くと、心もからだも軽くなりますね。
それは自身が発する言葉も同じですね。
  1. 2010/12/06(月) 01:21:37 |
  2. URL |
  3. セシリア #-
  4. [ 編集 ]

光 様
こういうのをご存じありませんか。

/////////////////////

【 神の燃えさかる愛の火は、太陽よりも白熱し、どんな蜜よりも甘く、どんな食べ物、飲み物よりも力づけ、この世のあらゆる喜びよりも心地よいが、それが一体何であるか、その名を言える人はいない。この火を獲得する人は、地上のどんな王よりも富み、どんな皇帝よりも高貴であり、どんな権力よりも強いのである。

 -愛に至る、最も近い道を、どうすれば見出すことができるでしょうか。

師は語った。 - 最も険しい道を行くとよい。 】

ベーメ 「師と弟子との対話」


私には信仰はないけれど、信念らしいものは、なくはない。

ご縁のできた方には、これからは、言葉の花飾りを、その胸やこうべに架けてあげ、どんなことがあってもゆるすと、ふるまいで伝えてゆく。
永遠の観点からは、これが適切な態度のはずだと。
  1. 2010/12/16(木) 05:51:46 |
  2. URL |
  3. 小吹 伸一 #-
  4. [ 編集 ]

小吹 様

崇高で高貴で深い言葉ですね。
卑小で浅薄な自分の心が少し洗われ大きくなったように感じます。
存じ上げません言葉を教えて頂きありがとうございます。

信念と言いますと、思い出すのはある方のブログで「・・自分には何もできない、無力である・・」
旨のコメントをした方に小吹さんが「なぜそう考えるのですか?我々は無力ではない。
あなたにできる事をして下さい。普通の社会人として普通に暮らして下さい。」
なる主旨の返答をしたのを今でも覚えています。

無力感、無関心から一歩出て、何かできる事をやってみる。
何かできるかもしれないと賭けてみる。
このほんのちょっとした信念と勇気こそ、支配者が最も嫌う事なんじゃないでしょうか。
「最も険しい道をいくとよい。」という師の言葉、勇気がでますね。

自分も浦島太郎(ニホンオオカミぺーぺーとも言う)だったんですが、
あちらで長らく書き込みさせて頂いて、ようやく鍼灸師としてのアイデンティティー
みたいなものに目覚めました。何かできる事があるかもしれないと自分なりにもがき
はじめました。政治も社会も人間のする事なら、人間の身心の状態が反映しているんでは
と考えるに至り、もっと鍼灸師なりの身体観や生命観を語るべき時代ではと思っています。

片田さんのおっしゃる「固定権力」は、身体で言えば「凝り」みたいなもの。
ほぐして柔らかくすれば、細胞である我々ひとりひとりの国民にも活力が戻ってくるでしょう。

自分もご縁を頂いた方とは、これからも親交を結び、良き言葉でつながっていきたいです。
未来志向で、希望を持って。

東洋医学の視点から、これからもたまに
書き込みさせてもらいます。

では。



  1. 2010/12/16(木) 22:38:54 |
  2. URL |
  3. 光 #-
  4. [ 編集 ]

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